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新版 死とどう向き合うか

2013.01.27 20:35|役に立った本(死別全般)
新版 死とどう向き合うか 
NHK出版 アルフォンス・デーケン著
2011年発行 定価1400円(楽天ブックス、Amazonで購入可)

内容
第1章  死を見つめるとき〜死生学とは
第2章  遺される者の悲しみ〜悲嘆のプロセス
第3章  人生の危機への挑戦〜独ぼっちになる前に
第4章  突然の死のあとに〜独特な心の傷跡
第5章  公認されない悲嘆〜無視される悩み
第6章  自殺を考える〜自殺を予防するためには
第7章  生命の終わり方〜尊厳死・安楽死
第8章  病名告知をめぐって
第9章  死への恐怖を乗り越える
第10章 自分自身の死を全うする
第11章 芸術の中の死
第12章 ホスピスの歩んできた道
第13章 日本の終末期医療の歩みとこれからの展望
第14章 終末期ケアとユーモア
第15章 「死への準備教育」のすすめ
第16章 「死への準備教育」の歩むべき方向
第17章 死後の生命への希望  

 息子を亡くしてから1年が経ち、圧倒的な悲しみに飲み込まれて苦しい状態からは抜け出て、穏やかな日々を過ごせるようにはなってきました。ただ、日々の生活の中で、娘と遊びながら、食器を洗いながら、道を歩きながら、頭の中に考える隙間ができると、考えるのは、常に息子に関することのような気がします。息子を失った悲しみに襲われることは随分減ったのですが(考えれば悲しくなるのですが、悲しみに慣れたというか、悲しみと共存しながら日常生活を送るのが普通になった感じです)、これからの自分の人生をどう生きていきたいのかということを考えることが増えました。

 大切な人を失うということは、これまで自分が生きていた世界そのものが失われるという体験なので、悲しみをくぐり抜けながら、新しい世界に適応するという、とてもエネルギーを要する作業が必要になってくるのだと思います。悲しみから回復するということは、悲しみを体験する前の「普通の」自分に戻るということではなく(私は、自分にとっての「普通の状態」が何なのか、よくわからなくなりました)、新しい価値観を作り上げ、新たな人生を生きるということを意味するのだと思います。

 最近、「自分が生きることの意味はどこにあるのか?(自分は何をできるのか?何をしたいのか?」「自分にとっての幸せとはどういうことなのか?」というようなことをよく考えています。息子との死別を体験して、自分や家族が明日生きているかどうかはわからないこと、時間の有限性を常に意識するようになり、「自分が生きている間にしたいこと(自分が価値あると思えること)を全うしたい」「よりよく、幸せに生きたい」と思うようになりました。この本でも書かれている「自らの価値観の見直しと再評価」を行っている状態なのかなと思います。

 自分の関われる(=関わりたい)範囲の中で、1人1人の人に丁寧に向き合いたい、愛を与えられるような(今までは求めてばかりいたのだと思います)愛情豊かな人間になりたいなあ・・・などと漠然と考えています。

 上に書いたような、今の自分の状況では丁度、この本で書かれていることに共感する部分が多く、自分の考えを整理するために役に立ちました。「死を見つめることは、生き方を問うことである」という考えに基づいた学問分野である「死生学」について、もう少し色々と本を読んでみようとも思いました。

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プロフィール

miso1213

Author:miso1213
 2010年12月に6週で初期流産、そして2011年12月13日に息子を38週で死産しています。現在、3歳の娘の母親でもあります。
 自分の悲しみと向き合い、心の中の息子と共に、少しずつ前に進んでいきたいと思っています。同じような死別体験者のために必要な情報提供もしていきたいと考えています。

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