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息子とのお別れ(1)

2012.07.09 23:04|私の死産体験記
妊娠がわかったばかりの、まだ小さな小さな赤ちゃん。
性別もわかって、ふっくらした体、かわいらしい動きを見せてくれるようになった赤ちゃん。
臨月までお腹の中で順調に育っていた赤ちゃん。

どんな時期の流産・死産でも、赤ちゃんとのお別れは衝撃的な出来事で、医師から赤ちゃんの死を告げられたときから、母親そしてその周囲の人の人生を大きく変えてしまいます。

私の場合は、臨月に入り、38週の健診の日に突然、お腹の中で息子が亡くなっていることを知らされました。

1ヶ月程前から切迫早産の傾向があり、自宅安静を命じられていたものの、娘の時と同じ経過でもあり、まさか、こんなことが自分に起こるとは考えていませんでした。

助産師さんが「赤ちゃんの心拍がなかなかとれないけど、先生にエコーをしてもらえばすぐわかるから」と言われた時点から、嫌な予感がしていました。

医師が顔を曇らせながら、「赤ちゃんの心臓が止まってしまっている」と告げたとき、涙はこぼれましたが、これからの処置などについて、傍から見れば冷静に聞いていたと思います。「赤ちゃんが死んでしまった」と頭では理解しているのですが、悲しくて涙は出てくるのですが、どこか現実感がないような、感覚が麻痺している感じでした。

私はお産は2度目でしたし、最初の子も陣痛促進剤を使って産んだので、処置後(陣痛促進剤を点滴した)のお産の進行についてはある程度予測ができました。処置を始めてからは、「きちんと産んで、娘の下に帰らなくては」という一心で、陣痛に立ち向かいました。

初産で死産される方は、悲しみに打ちのめされた状態で、どうやってこの痛みに耐えるのだろう、どんなにか辛いだろうとも思いました。

圧倒的な悲しみが訪れたのは、産まれてきたばかりの、まだ温かい息子を胸に抱かせてもらってからだと思います。
なんで、目を開けないんだろう、声をあげてくれないんだろう。
あともう少しで会えたのに。
なんで、なんで、なんで・・・。

今まで、身近な人を亡くすという体験もなく、赤ちゃんをどう見送れば良いのか、ということにも全く頭が回らない状態でした。2日後に退院し、同日に火葬することになりましたが、最初は赤ちゃんに会うのは夫婦だけにすることも考えていました。

でも、師長さんが貸してくれた「ともに生きる たとえ産声をあげなくとも」という、流産・死産体験者のお話が集められた書籍を読み(夜、眠れないので一気に読みました)、考えが変わりました。

夫の両親、私の母(父は遠方かつ仕事で、駆けつけるのは無理でした)も孫の誕生をとても楽しみにしてくれていました。息子と会うとショックを受けるだろうし、会わない方が良いだろうというのは、私たちの勝手な判断ではないかと思いました。

そして、両親達にどうするかを尋ね、結果、きちんと会って、お別れをしてもらいました。
一方で、葬儀場には夫婦と娘、私の実母のみで行きました。私自身が、夫の両親に自分の泣く姿を見せることがどうしてもできなくて(病院で息子と対面したときも私は席をはずしました)、遠慮してもらいました。

当時、2歳半の娘にもどう息子の死を伝えれば良いのか、息子と会わせるべきなのか、迷いました。最初は「会わせない方が」とも考えていたのですが、これも上で書いた本を読んで、考えが変わりました。娘は弟の名前も、もうすぐ産まれてくることも理解して、会うのを楽しみにしていました。やはりきちんと弟に会って、娘にわかる形できちんと説明してあげなくてはいけないと思いました。

娘はこちらの心配はよそに、弟の顔を見たとたん、「かわいいねえ~」と言い、「なでなでしてあげる」と頭をなでました。火葬前に自宅に短時間戻ったときには、夫と一緒に、棺に入った息子に家中の部屋を案内してくれました。
今でも、時々、空に向かって弟の名前を呼んだり、娘の中にもきちんと息子が生きていて、一緒に「お空で何してるのかな」と話せるのは、嬉しいことです。

息子との思い出のために私たちが遺したものは、
・病院でとってくれた、紙にとった足形(産まれた時間、体重、身長も記載)
 ~へその緒は渡されなかったのですが、希望すれば良かったです。
  その時は思いつきませんでした。
・息子の爪、髪の毛 
 ~今は遺骨ペンダントに入れて、夫婦共に身に付けています
・母子手帳、妊娠中のエコー写真
・写真 ~夫婦で交互にとった、息子を抱いた姿(携帯で)
    ~自宅でカメラでとった棺に入った息子の姿
~当時は息子を抱いていても悲しくて辛くて、写真をとっても・・・という思いがあったのですが、今では、写真をとろうと言ってくれた夫に感謝しています。3日間、病室で息子と一緒に過ごしたのですが、悲しくてきちんとお顔を見れなかったせいか、時間と共にあまり顔を思い出せなくなったのですが、写真を見ることで、思い出すことができました(写真を見られるようになるまで時間はかかりましたが)。

息子の棺に入れたものは、
・色とりどりのお花
・夫婦、娘、夫の両親、私の母それぞれが書いた息子宛の手紙
・布の絵本
 お洋服は、退院時のために準備していたベビー服を一式、帽子もかぶせてあげました。あとで、名前を書いた紙(手紙にきちんと書いたから、天国のお友達にもわかるよね)、粉ミルクも入れてあげれば良かったなあと思いましたが、そのときは思いつきませんでした
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プロフィール

miso1213

Author:miso1213
 2010年12月に6週で初期流産、そして2011年12月13日に息子を38週で死産しています。現在、3歳の娘の母親でもあります。
 自分の悲しみと向き合い、心の中の息子と共に、少しずつ前に進んでいきたいと思っています。同じような死別体験者のために必要な情報提供もしていきたいと考えています。

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