スポンサーサイト

--.--.-- --:--|スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

死別の悲しみについて〜息子の死を通して考えたこと

2012.10.30 22:57|私の死産体験記
とある事情で、医療者向けに、自分の死産の体験についてまとめた文章を書きました。息子を亡くして8ヶ月経った頃に作成したものです。

 2011年12月13日、私の大切な息子が、私のお腹の中で突然、38週という短い命を終えました。妊娠経過は順調で、こんなことが起きるとは全く予想をしていませんでした。

 医師に息子の死を告げられた後から、私は「大切な人との死別の悲しみ(悲嘆)」を自らの体験として体験し続け、息子が私の下に来てくれたことの意味を考え続けています。 大切な人との死別が、これほどまでに人に大きな影響を与えるものであることを、私はきちんと理解していませんでした。

 通常の悲嘆反応は、多くの人にみられる自然な反応であり、医療の介入を要するのは(現状では精神疾患とはみなされていませんが)、一般的に考えられるよりも長期(6ヶ月以上)に わたり、日常生活に支障が出るほどの強い悲しみ、苦痛が続いている場合(=複雑性悲嘆)であると教科書的には定義されています。

 自分自身が息子との死別を体験して思うのは、「通常の悲嘆反応」 自体がとても苦痛を伴うものであり、悲嘆に関する知識のない人がこの苦痛に突然投げ込まれた場合、そこからの回復にはとても努力を要するだろうということです。実際、悲しみをこじらせてしまい、医療にもつながれずに苦しんでいる人の声を、ネットサイト上の掲示板(流産・死産・新生児死の当事者向けの他、幼い子どもを亡くした親、若くして配偶者を亡くした方、自死遺族の方等、様々な死別体験者向けの自助グループのサイトが存在します)で数多く見かけました。

■私の悲嘆反応

 告知後、私の頭を占めていたのは、「なぜ、息子が亡くなったのか」「胎動が少ないと気付いた時点ですぐに受診していれば、助けられたのではないか、私の間違った判断が息子の死を招いたのだ」という激しい後悔、自責の念でした。取り返しのつかないことが起こってしまったことは理解していましたが、どこか現実感がない感じもして、涙を流しつつもこれからの処置についての説明を冷静に受けていました。

 告知後、そのまま入院し、陣痛促進剤を使い、普通分娩することになりました。自分のお腹の中で子どもが亡くなっていることを突然告知され、何が起こっているのかよくわからないまま、亡くなった子を産むという状況自体、トラウマとなりうる体験だと(特に初産や、常位胎盤早期剥離で母体も危険にさらされた場合等)だと感じます。私の場合、長女の出産経験があったので、「自分が産むしかないのだ」という覚悟はすぐにでき、息子への気持ちよりも、「娘の下にきちんと帰らなくては」という気持ちの方を強く感じていました。辛い陣痛に立ち向かうためには、生きている娘に気持ちを向けるしかなかったのだと思います。

 圧倒的な悲しみの感情が始まったのは、産まれた直後の裸の息子を胸に抱いた時からです。自分が失ったものの大きさを認識し、息ができなくなるような、胸がつぶれそうな悲しみという感情を初めて体験しました。

 出産後、退院までの2日間を亡くなった息子と同室で過ごしましたが、息子を見たり、抱いたりしているとあまりに悲しくて苦しくなってしまうので、息子に十分に向かい合えなかったことが心残りです。周囲に悲しみを表出することへの遠慮もあったのですが、今思うと、遠慮をせず、泣きたいだけ泣けばよかったと思います。

 退院後は2歳の娘の世話もあり、悲しみに浸っていることは難しく、気持ちを押さえ込みながら、日々の生活を維持することで精一杯でした。考えないようにしようとしていても、 息子のことが頭から離れないため、家事・育児をしながらも常に上の空で、集中力に欠ける状態が続きました。夜になると頭の中は悲しみで一杯になり、涙が止まらず眠れないので、ネット上の当事者の体験談を読んで過ごしていました。

 息子の死を他者に伝えることはとても辛い作業だった(息子が亡くなったことを文字にすることも、口にすることも、悲しみに強く襲われ、泣けてきてしまうので)ので、限られた友人・知人にメールや手紙で簡単な事情を伝えることだけ何とかし、3ヶ月程は家族以外の人とはほとんど接触せずに過ごしました。この引きこもりの期間は、何をしても心からは楽しめず、疲れやすい状態が続き、いつになったら本来の自分に戻れるのかという不安も強く感じました。

 死別後3ヶ月後頃から徐々に物事をこなすエネルギーが戻ってきたのですが、そのエネルギーの多くを自分のグリーフワークに費やす必要がありました。私は当初、自分の悲しみを夫以外の他者に話すことは避け(相手も困るだろうと思い)、自分で何とか処理しようとしていたのですが、息子の死を通して考えたことを誰かに聞いてもらいたいという欲求が強まり、どうにも抑えられなくなりました。夫に聞き手としての役割を求めましたが、夫自身は悲しみに蓋をして日常をやり過ごしている状態でしたので、思う様に話をすることはできませんでした。その後、自ら、同じ体験者が交流するサイトに投稿したり、少しずつ友人に息子の話をして受け止めてもらったりという体験ができ、そのことが自分の回復のためには大きな力になりました。

 8ヶ月経った今でも、息子のことを考えない日はありませんし、涙も出ますが、「泣きたいときには我慢せずに泣いた方が楽になる」とわかった分、随分楽になりました。悲しむことを回避せず、悲しみに真っ向から取り組み、悲しみを悲しみ尽くすということが必要なんだとようやくわかり、自分の進むべき方向が見えてきたように思います。

■流産・死産の特殊性

 流産・死産で子どもを亡くすという体験は、死別の中でもいくつかの特殊な状況をもっています。

1)多くの場合が突然の死別であり、新しい命を迎えるという希望に満ちた状態から、その喪失という激しい状況変化であること (母親は児の死の告知を突然、1人で聞き、強い衝撃を受けることが多い)

2)死別直後に、悲しみに集中することが難しい

 多くの新しい命を迎える場(=産科病棟)で、亡くなった子を産むという状況自体が大きな苦痛を伴い、また、常に他者の目を意識する場にいるため、純粋に赤ちゃんの死を悲しむということが難しくなります。数日後には退院と共に子どもの葬儀に向かわなくてはならないという時間的制約もあり、産科病棟でのグリーフケアが乏しい場合(まだ不十分な現場も多くあるように思います)、児との別れが十分にできなかったり、医療者の対応に傷ついたりと、その後の悲しみのプロセスに影響を及ぼします。

3)周囲の支援が得づらい

 両親にとっては、かけがえのない存在である我が子を亡くすという体験ですが、亡くした子どもは世の中からはその存在を認められておらず(戸籍に残らず、名前も残らない)、周囲もこの悲しみに困惑することが多く、両親は孤立しやすいと言えます。母親は、周囲の励ましに傷ついたり、他者の妊娠・出産に対しても過敏になることが多く、元々の人間関係を回避して引きこもりがちになります。

4)夫婦関係の問題が生じやすくなる

 夫婦共に、子どもを亡くすという悲しみの当事者である一方で、それぞれの悲しみのプロセスは異なるため、夫婦間のすれ違いが生じやすくなります。

 どんな死別の場合でも、その悲しみを他者に話し、受け止めてもらうことが、悲しみを癒すことにつながると思うのですが、前述した事情から、流産・死産の当事者はその悲しみを他者に表出することが難しく、孤立しやすいのではないかと感じます。

■産科でのグリーフケアについて

 妊娠22週以降の死産率は1000出産あたり3.9(2007年厚生労働省人口動態調査)、実数としては年間26000件(2011年)と報告されています。妊娠22週以前の流産も含めると、周産期医療の進んだ現在でも相当数の悲しいお産があるわけですが、この悲しみに対する産科現場でのグリーフケアは、医療機関によってかなり差があると思われます。

 退院後の心理的ケアはほとんどないのが現状であり、当事者は大きな悲しみの感情に翻弄され、今後自分がどうなっていくかの見当もつかず、途方にくれていることが多いようです。

 入院中に、悲嘆のプロセスについての最低限の心理教育や、 せめて、役に立つ書籍や自助グループに関する情報提供だけでも行われれば、その後の大きな助けになるだろうと思います(私の場合は、病院から提供された情報はほとんどなく、多くの当事者がそうしているように、ネット上を彷徨いながら必要な情報を集め、そうすることには大きな労力を要しました)。

■終わりに

 今回、自分自身のプライベートな悲しみについて書くことに対して、ためらいがなかった訳ではありません。ただ、それ以上に、喪失の悲しみを抱えた患者さんをみる機会のある医療者の方たちに、悲嘆及びそのケアについて考えるきっかけになればという思いがありました。

 世の中には死別の悲しみを抱えた人が数多くいるはずなのに、私はその痛みについて深く考えることなく過ごしてきました。 喪失の痛みを身をもって体験した今では、他者の痛みに対して無関心ではいられませんし、いずれは支える側での役割を果たしていきたいと強く思っています。私にとって、息子の死は、悲しいだけではなく、自分の生き方を深く考えさせてくれた出来事であり、これからも、心の中の息子と共に成長し、生きていきたいと考えています。

にほんブログ村 家族ブログ 天使ママパパ夫婦(子供あり)へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

誕生死

誕生死 STILLBORN
流産・死産・新生児死で子をなくした親の会・著 三省堂 1365円(楽天ブックス、Amazonで購入可)

この本は、出産前後に子どもを亡くした体験をもつ当事者(13名の父母)が、実名で、自らの心のうちをありのままにつづったものです。

本は2002年に発行されていますが、当時は、周産期に起こる赤ちゃんの死について、公に語られることは少なく、当事者の心の支えになるような本も少なかったそうです。そんな状況の中、インターネットを通じて知り合った当事者の方たちが、自分たちの気持ちを知ってもらおう、同じような悲しい体験をした人たちにとって助けとなる本を作ろうという思いで、この本を作られたそうです。

息子を亡くした当初は、思考力も落ちていたので、小難しい内容の本(悲嘆のプロセスについて概観するような本も自分にとっては必要だったのですが、読めるようになるのに数ヶ月ほどかかりました)は頭に入らず、あまり読めなかったのですが 、この本のような当事者の体験談を集めたものやネット上の体験談、ブログは手当たり次第に読んでいました。同じ悲しみを体験した人の言葉は、抵抗なく受け入れやすく、「苦しいのは自分だけではない」と思え、心の拠り所になりました。

周囲の援助者にとっても、この本を読むと、当事者がどのような気持ちでいるのかを理解する助けになるのではないかと思います。

全215P。平易な言葉で書かれた、読みやすい本です。


誕生死誕生死
(2002/04)
流産死産新生児死で子をなくした親の会

商品詳細を見る


にほんブログ村 家族ブログ 天使ママパパ夫婦(子供あり)へ
にほんブログ村

自責の念について

2012.10.27 00:03|死産後の気持ち
今日は、死別による悲しみ、苦しみの中で大きなテーマとなる、自責の念について書きたいと思います。

大切な人を亡くした後、残された人は「自分があの時、こうしていれば、あの人は死ななかったのではないか」という自責の念にかられます。

流産・死産で赤ちゃんを亡くした母親は特に、「自分だけがお腹の中の赤ちゃんからのサイン(胎動の減少、出血など)に気付けたはずなのに、気付いて早く病院に行っていれば赤ちゃんを救えたかもしれないのに」「自分があの時とった行動が赤ちゃんの死を招いたのではないか」という強い自責の念に苦しみます。

この自責の念については、周囲の人に(夫にも)話すのはためらわれるテーマなので、当事者同士で話せる場(ネットの掲示板がまずはアクセスしやすいのでしょうね)以外ではなかなか話せず、一人で苦しい思いをされていることが多いと思います。

私の場合、息子が亡くなる少し前から何となく胎動が少なくなっていると感じていました。でも、「出産が近くなると胎動が少なくなってくる」という間違った認識をもっていて、その時点では、「もうすぐ出産なのかな」としか思っていませんでした。亡くなっているのがわかった日の3日前の夜にはいつになくお腹が張って苦しかったのですが、それも朝には少し改善したのと、1ヶ月以上前から切迫気味でお腹の張りがあるのが普通だったため、そのまま様子をみていました。前日夜には、「胎動がないかな?」と不安を感じたのですが、いつもと同じ規則的なお腹の張りはあって、他に出血や痛みはないのでやはり様子をみてしまいました。今思うと、その時に、息子は私にさよならを伝えていた気がします。

亡くなる数日前から息子はサインを出していたのに、私は自分の体のしんどさ(切迫気味で、1ヶ月程自宅安静を命じられていました、私にとって、妊娠後期は頻回のお腹の張りで夜もあまり眠れず、結構苦しいものでした)や2歳半の娘の世話に気持ちをとられ、息子のことを後回しにしまっていて、その結果、息子を救えなかった、私のせいで息子を死なせてしまったという考えが頭から離れず、「あの時、病院に行っていれば」ということを繰り返し考えました。

夫には、「胎動が少なくなっていたと感じていたのに、もっと早く病院に行っていればという後悔の気持ちで苦しくなる」ということは何回か話しました。でも上に書いたところまで、細かくは話せていません。「取り返しのつかないことをしてしまった自分」を夫に知られるのが今でも怖いのです。

死産した直後は、自責の念で胸がつぶれそうになる程苦しくて、でも考えることをやめられなくて、辛い日々がありました。でも、この自責の念は、時間と共に減ってきています。

前に紹介した「ママ、さよなら。ありがとう」などの本を読んで、息子の気持ちを想像すると、私が自分を責めて苦しむことを、息子は望んでいないだろうと考えるようになりました。

また、「あの時こうしていれば息子は死なずにすんだかもしれない」と繰り返し繰り返し考え、泣きながら、「いくら考えても、過去を変えられるわけではない、息子が帰ってくるわけではない」という事実に気付き(息子の死という事実を認めるよりも、自分を責める考えに気持ちが向いていた方がましだったのでしょう)、時間と共に、息子がいなくなったという事実を受け入れるしかないという諦めの気持ちに至りました(諦念と表現するのかと思います)。

「人の生死など、何ともできないことが起きるのが、自分の生きている世界なのだ、たまたま自分にも悲しいことが起きた、そういうことなんだ」という当たり前のことに、改めて気付きました。

胎動の減少に気付いた時点で病院に行っていれば、という後悔は今でもありますが、この後悔は、「同じような思いをする人を減らすためには何ができるか」ということを考え、行動することに向けて、自分の中で昇華させていくしかないと思っています。

病院に行かなかった自分も含めて、「全てを思い通りにできる人はいない、そのときそうできなかった自分も仕方ないのだ」と自分で自分を許そう、息子もきっとそれを望んでいる、と今は考えるようにしています。

にほんブログ村 家族ブログ 天使ママパパ夫婦(子供あり)へ
にほんブログ村

10ヶ月経って

2012.10.16 23:44|死産後の気持ち
 札幌は日々、寒くなってきています。
 息子が亡くなって、10ヶ月が経ちました。
 この1ヶ月ほど、娘の幼稚園探し(無事、決まりました)や七五三の準備、SIDS家族の会の集まりへの参加、仕事関係の大きな集まりへの参加、グリーフケアの勉強会への参加等、結構、忙しく過ごしていました。それぞれに無事こなして、やっと一息ついたところです。
 行事をこなす前にはあれこれ悩んだり、不安で落ち着かなかったりしましたが、やり終えてみると、やってよかった、参加してよかったと思い、またこれから先に進んでいく力になっている気がします。
 あと、最近の変化として、夫との関係が少し楽になってきました。お互いに対する緊張感が大分和らぎ、冗談を言って笑ったり、会話の量自体も増えてきました。お互いの調子をうかがうことが減って、日常会話については、話したいことをそれなりに話せるようになったと思います。それと同時に、息子が亡くなってからずっと書いていた交換日記を書かなくなりました(特にやめようと話したわけではないのですが)。日記に書かなくても、話したいことは直接話せるようになったということなのかもしれません。
 息子のことについて、この日記に書いているような深い話しはまだできませんが、今は仕方がないと受け止め、夫に対するイライラが大分減りました。友人・家族に助けてもらったり、SIDS家族の会に参加したり、自分なりに自分の悲しみを表現できる場が増えたことが役に立っているのかもしれません。
 半年前には、日常生活がやっとの状態だったけれども(今でもたまに1日動けなくなったりしますが、続かなくなりました)・・・。ひと月ひと月、振り返ってみれば、少しずつ進んでいるんだなあと思います。

にほんブログ村 家族ブログ 天使ママパパ夫婦(子供あり)へ
にほんブログ村

第7回北海道成育看護研究会「子どもと家族のグリーフケア」

2012.10.10 17:11|グリーフケア関連
自分の住んでいる札幌で開催される研究会を見つけました。
開催内容は以下の通りです。医療従事者などの援助者が対象だと思います。

第7回北海道成育看護研究会「子どもと家族のグリーフケア」
会期:平成24年10月13日(土)11時~16時半(開場10時~)
場所:札幌医科大学保健医療学部(札幌市中央区南1条西17丁目)
教育講演:「親やきょうだいを亡くした子どものグリーフ」
   講師 岩本喜久子 札幌医大 寄付講座緩和医療学 特任講師
ワークショップ1 「子どものグリーフプロセスを支援する」
ワークショップ2 「周産期における親のグリーフからの回復を支援する」
会費: 会員1000円 非会員2000円
事務局 tel/fax 0133-23-1464

流産・死産・新生児死の自助グループリスト

 2012年7月17日の時点で確認できる、ネット上からアクセスできる自助グループのリストです(このリストについては、時々更新する予定です)。

1.ポコズママの会 http://pocosmama.babymilk.jp/

 流産・死産・新生児死の当事者の方が運営されているサイトです。大切な赤ちゃんを失った週数によって 、その悲しみを区別しないという立場をとられていて、様々な事情を抱えた体験者のために必要な情報を丁寧にあげています。流産・死産体験者同士の交流のための掲示板の運営、流産・死産に関する基本的知識や悲しみを癒すための具体的な方法についての情報提供などが行われています。頻度は少ないですが、関東圏で体験者の交流会も開催されています。

 サイトの掲示板では、亡くなった赤ちゃんの週数や状況などをキーワード検索できるようになっています。私の場合、38週での死産であり、病院でも臨月での突然の死産は1~2年に1例くらい(その病院では)で生じる稀な事態だと聞いていたため、同じような臨月での死産体験記が読みたくて、死産直後からこのサイトのお世話になっていました。 少数とはいえ、同じような体験をされている方がやはりいらっしゃって、自分だけではないんだと思え、また、今後のことを考える上でも、色々な方の体験談が役に立ちました。

2.出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援を考える【泣いて笑って】

 1998年に第1子の娘さんを前期破水のため、21週で人工死産で亡くされた藤本佳代子さん(現在は4人の息子さんがおられます)が運営されるサイトです。 藤本さんはポコズママの会のスタッフもされていて、同会編集の本「ともに生きる」に自身の体験記を寄稿されてもいます。

 流産・死産・新生児死や幼い子供との死別の体験者、ことに母親は、「自分があの時こうしていれば、赤ちゃんの命を救えたかもしれないのに」という自責の念で、長期間、苦しみます。その中でも、人工死産を選択せざるを得なかった、自身で赤ちゃんの命を終えるという決断をせざるを得なかった親御さんの悲しみは、どんなに深いことかと胸が痛みます。このサイトでは、人工死産をされた体験者の悲しみに焦点を当てながら、その選択をするかどうか決断を迫られた方のために、出来る限りの情報提供をしようとされています。また、人工死産の体験者のためのコミュニティをmixi内に作られてもいます。

 産科の医療現場で、悲しい、苦しい告知の場面で、当事者にこういったサイトが紹介され、当事者が十分な情報の下、自身の選択ができるように是非支援して頂きたいなと思います。
 

3.お空の天使パパ&天使ママの会(WAIS) http://www.h4.dion.ne.jp/~wais.kt/index.htm


 WAISの活動案内公式ブログ(With the Angels in the Sky) http://wais.jugem.cc/

  
 サイト上での情報提供の他に、体験者同士のお話会の主催や支援をされたり(関東中心で)、当事者の体験記の作成・販売などの活動をされています。

 ☆体験者同士のお話会

・天使の保護者会(毎月1回、東京都内にて)

・天使の保護者ルカの会(毎月1回、聖路加看護大学看護実践開発研究センターの主催、同大学にて)http://plaza.umin.ac.jp/artemis/rcdnp/tenshi/index.html

・不妊治療後の流産死産体験を語るお話会(都内にて2~3ヶ月に1回、TEAMラ・ポルタとの共催)



4.SIDS家族の会  NPO法人 SIDS家族の会 | ホーム

 NPO法人 SIDS家族の会は、1992年に発足したボランティアグループで、現在は全国各地にグループがあり、北海道では札幌を中心に(最近、旭川でのミーティングも始まったそうです)活動されています。流産、死産、SIDSその他の病気等で子どもを亡くした家族への精神的援助、及び、SIDS等に関する知識の啓蒙活動や研究活動への協力等を目的に活動されています。
 お話会の運営や当事者の精神的援助を行っているのは、ビフレンダーというボランティアの方(自身も子どもを亡くすという体験をされた当事者の方です)です。同じ悲しみを経験し、かつ先を行く方たちの姿を知ることができるというのも、大きな意味があるように思います。

5.With ゆう http://withyou845.org/index.htm/



6.ちくちくの会 http://chiku-chikunokai.jimdo.com//

 当事者である天使ママ達が、ボランティアで、小さく生まれて亡くなった赤ちゃん(主に妊娠12~30週前後)のためのお洋服を作り、医療機関を介して提供されています。 当事者同士で、お洋服を縫いながらお話する会も行われています(大阪府内、不定期)。



7.天使ママの会 よこすか http://www.tenshimama-yokosuka.net/

 一卵性双生児のお一人を亡くされた当事者の方が立ち上げ、神奈川県横須賀市で活動されている会です。2~3ヶ月毎に「こころの休息会」というお話会を開催されています。年に1回、「体験者と医療者をむすぶ会 」も開催されています。



8.小さなお星さまの会 http://http://www.ohoshisama.jp/about.php//

 岩手県内で、流産・死産・新生児死を経験された方のためのお話会や、当事者の声を医療現場に届けるための医療者向け勉強会を主催されています。当事者である天使ママ、助産師、保健師、産科医師の方たちがスタッフをされています。
 2012年11月11日にお話会が開催されるそうです。

9.空見上げての会 http://soramiagete.com/experience///


 嵯峨嵐山の田中クリニック(産婦人科と精神科が併設された珍しいクリニックです)内で、流産・死産・新生児死を体験された方のためのお話会(2ヶ月毎)を開催されています。当事者の方とクリニックのスタッフ(助産師、臨床心理士)さんが共同で運営をされています。

10.天使がくれた出会いネットワーク http://tensigakuretadeai.net//

 流産・死産・新生児死などの当事者のための自助グループを結ぶ、ネットワークサイトです。自助グループに参加したいと思ったときに、近くにあるグループを探すのに便利だと思います。 

 

 



にほんブログ村 家族ブログ 天使ママパパ夫婦(子供あり)へ
にほんブログ村

SIDS家族の会のお話会に参加して

 10月6日に、SIDS(乳幼児突然死症候群)家族の会のお話会に参加してきました。ネットで同じような当事者の方とお話することはありましたが、直接会ってお話するのは初めての機会でした。
 参加者は、私を含めて6名と少数だったので、ゆっくりと落ち着いた雰囲気の中でお話することができました。初対面の者同士なので、最初は緊張しましたが、自分の体験について話しながら泣いてしまった(もう泣かずに話せるかと思っていたのですが、やっぱりだめでした、でも泣いてしまってすっきりしました(笑))後は、緊張もなくなりました。それぞれ、赤ちゃんを亡くした状況は異なりますが、「大切な子どもを亡くした」という深い悲しみを抱えている者同士、お互いを気遣いながら、安心して自分の思いを話せる場だったように思います。
 NPO法人 SIDS家族の会は、1992年に発足したボランティアグループで、現在は全国各地にグループがあり、北海道では札幌を中心に(最近、旭川でのミーティングも始まったそうです)活動されています。流産、死産、SIDSその他の病気等で子どもを亡くした家族への精神的援助、及び、SIDS等に関する知識の啓蒙活動や研究活動への協力等を目的に活動されています。
 お話会の運営や当事者の精神的援助を行っているのは、ビフレンダーというボランティアの方(自身も子どもを亡くすという体験をされた当事者の方です)です。同じ悲しみを経験し、かつ先を行く方たちの姿を知ることができるというのも、大きな意味があるように思います。
 次回のお話会は来年2月2日の予定です。札幌近郊にお住まいで、興味のある方は、SIDS家族の会のホームページより是非問い合わせをしてみて下さい。
SIDS家族の会

にほんブログ村 家族ブログ 天使ママパパ夫婦(子供あり)へ
にほんブログ村

病院再訪

2012.10.01 21:10|私の死産体験記
 この2週間ほど、色々とやらなくてはならないことが続き、バタバタしていました。エネルギーを使っているせいなのか、夜になると眠くなってしまい、パソコンに向かう時間もなかなか取れなくなっていました。息子が亡くなってからずっと、自然に眠くなるということがなくなっていたのが、薬を飲まなくても眠れるようになったので(途中で何回か目が覚めはしますが)、ある意味、回復してきているのかもしれません。

 9月21日に息子を産んだ病院の産科病棟師長さんと会って、お話をしてきました。自分が死産した際の医療者の対応で、改善してほしいと思った点についてお伝えするためです。

 産後1か月健診の時にも、死産後のケアについて改善してほしい点等を手紙で伝えたのですが、その時には遠慮して伝えきれなかったことがたくさんあり、心残りに思っていました。もう一度、きちんとお話して伝えなければと思う一方で、相手が私の気持ちを受け止めてくれるか、現状を変えようと思ってくれるか、話しても無駄なのではないか等思ったり、自分自身の生活のことで精一杯だったり・・・という状況があり、ずっと先延ばしにしていたことでした。

 自分の体験を踏まえて、以下のようなことを伝えました。

・死産の告知後、人の目を気にせずに泣けるスペースを確保してほしい(私の場合、夫への電話連絡を廊下の片隅でしなくてはならず(そこで息子の死を告げなくてはならず)、その後もしばらくの間、通常の外来の待ち合いで待たされ、泣くこともできませんでした)
・死産の告知後、母親は大きな衝撃を受けて、精神的な危機状態にあるので、一見、冷静に見えたとしても(私はたぶんそうだったと思います)、十分な配慮をして対応してほしい。何事もなく周囲が流れていく様子を見て、強烈な孤独感にも襲われるので、できれば、家族がくるまでの間一人にせず、担当スタッフを決めて、付き添ってほしい。
・入院中の担当スタッフは、死産を扱った経験もある、ベテランのスタッフ(&教育のために必要であれば新人をプラスで)を付けてほしい(私の場合、明らかに若い(まだ子どももいないのではと思った)スタッフが担当で、私に対してどう声をかけてよいのか困惑している空気が伝わってきて、自分の悲しみを素直に出すことはできなかった)。
・入院中、自分に能動的に関わってきてくれるスタッフは少なく、孤独感を感じた。両親も亡くなった赤ちゃんを前にして混乱したり、とまどっていることも多いので、赤ちゃんと過ごす時間の大切さをきちんと伝え、赤ちゃんときちんとお別れをできるように支援してほしい。赤ちゃんの名前やその由来を聞いてほしい、そういう話をしながら、悲しみの表出を促してほしい(私の場合、人前で泣くことをかなり我慢していて、もっと素直に泣けば良かった、そうすれば夫ももっと泣けて楽になれたのではないかと思っている)。
・退院の仕方を具体的に説明し、誘導してほしい(私の場合、部屋番号と名前、退院する旨をナースステーションで告げたところ、「おめでとうございます」と言われてしまい、とても悲しく、それ以上言葉を出せず、担当者に挨拶もできないまま退院した。また、棺に入った息子を抱えた夫と共に、一般のエレベーターに乗り込み、退院することは、何とも言えない、寂しい、孤独な気持ちを味わった)。担当者が最後まで付き添い、病院の裏口から退院する等の方がよいのではないかと思った。
・赤ちゃんを亡くした悲しみのプロセスについて、基本的な情報を提供してほしい。病院のパンフレットがないのであれば、自助グループで作成しているパンフレットを配布してほしい。また、自助グループの情報も伝えてほしい。
・退院後の産後健診は、通常の1ヶ月健診の枠とは別にしてほしい(新生児を抱いた母親たちの中で過ごすことはとても辛いことでした)

 途中、泣けてきてしまうこともありましたが、師長さんはゆっくりと話を聞いて下さり、改めて、私自身の気持ちの整理にもなりました。ポコズママの会とSIDS家族の会が出されている、当事者向けのパンフレットも持参して見てもらったところ、病棟での配布に向けて動いてもらえることになりました。

 息子を亡くしたという悲しい事実は変えられませんが、流産・死産にまつわる余計な悲しみ・苦しみ(多くは周囲の「悲しみへの無知」から生まれるのだと思います)をなくすために、やれることは色々とあると思うので、少しずつ、自分にできることに取り組んでいきたいと思います。そうすることが、自分の悲しみを癒すことにもつながるのだと思っています。

にほんブログ村 家族ブログ 天使ママパパ夫婦(子供あり)へ
にほんブログ村
| 2012.10 |
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
プロフィール

miso1213

Author:miso1213
 2010年12月に6週で初期流産、そして2011年12月13日に息子を38週で死産しています。現在、3歳の娘の母親でもあります。
 自分の悲しみと向き合い、心の中の息子と共に、少しずつ前に進んでいきたいと思っています。同じような死別体験者のために必要な情報提供もしていきたいと考えています。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

ページトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。