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死ぬってどういうこと?

2012.09.17 15:21|役に立った本(死別全般)
死ぬってどういうこと?  子どもに「死」を語るとき

アール・A・グロルマン著 、重兼裕子訳 春秋社

中古品(絶版なのでしょうか)で、Amazonで購入可

息子が亡くなったとき、娘は2歳半でした。娘と亡くなった息子を会わせるかどうか、最初はどうしたらよいか判断がつきませんでした。でも、弟と会わずに、弟が確かに存在したこと、そしていなくなってしまったことを理解することはできないし、死というものが理解できないとしても、娘なりに弟とお別れすることが必要だと考え、葬儀の日に一緒に自宅に帰り、短い時間でしたが、弟に触れ、一緒に過ごしてもらいました。

娘にとって、弟はしっかり家族の一員になっていて、時々、弟の名前を呼び、話に出します。ただ、死について認識できる年齢ではないので(私たちもきちんと説明していませんし)、弟は空の上にいて、またいつか会えるのだと思っているようです(一方で、弟の不在を私たちがとても悲しんでいることも知っています)。

いずれ、死について知りたいと思うようになったとき、娘に弟の死をどう伝えたらよいのか、心の準備をしておきたいと思い、この本を読んでみました。

子どもの年齢、その子の発達に合わせて、どのように死について伝えればよいのかが具体的に書かれており(※)、子どもに誤解を与えたり混乱させたりしないように、正しくかつシンプルな知識を与えることの大切さがわかりました。そして、大切な人が亡くなったとき、子どもも大人と同じようにショックを受け、悲しむこと(表現の仕方は大人と異なりますが)、悲しみを支える周りの助けが必要であることに、改めて気付きました。

子どもに「死」をどう伝えるかということがこの本のテーマですが、この本を読むことは、親が自分自身の悲しみに向かい合うことにもつがなると思います。

子どもにきちんと「死」を伝えることは、大切な「生」について考えることにつながります。そして、私たち親自身が「死」について正面から受け止めていないと、子どもに「死」を正しく教えることはできません。

死別体験者だけではなく、子どもに関わる全ての人にとって、大切なテーマを扱っている本だと思います。

平易な言葉で書かれていて、読みやすい本でした(全167P)。


(※)死について語ることをタブーにしない。子どもの年齢に合わせて、「死」について、正直かつ簡潔な説明をすることが大切。おとぎ話やうそを混ぜて説明しないこと。木の葉の一生を例にひいて話したり、「死ぬとね、息をしなくなるの。からだも動かなくなって、静かに安らかになるのよ」等、子どもの理解力に合わせて、ゆっくり、淡々とかつ温かな雰囲気(話しの内容だけではなく、どんな雰囲気で伝えるかが子どもの心に大きな影響を与える)で伝える。また、子どもがどんな不安をもって質問しているのかにも配慮する。子どもが求めている以上の知識を与える必要はない。死について語り合いながら、大切な人の死に直面した子どもの気持ち(悲しみ、怒り、自責感、不安など)を素直に表現させ、開放させてあげることも大切(親が嘆き悲しみ姿をみて、自分も泣いていいのだと感じるので、親も感情を押さえ込まずに、子どもと悲しみを共有する方がよい)。

年齢による死の理解については以下の通り

未就学児:死が全ての終わりを意味することを認識するのは難しい。死者を見て、眠っていてまた目が覚める、どこかに行っていてまた戻ってくると考えている。死んだらどうなるのか?という質問があったら、人は死んだら再び生き返らないこと(魂について宗教的な信念があるのであれば、加えて説明する)、死んだのは誰のせいでもなく、神さまが誰かをこらしめるためにやったわけでもないことを説明することが大切。 家族との死別後、周囲のただならぬ様子を察する能力はあるので、不安が高まり、親にまとわりついたり、赤ちゃん返りすることもある。

5〜9歳:死ねば生き返ることはなく、生き物は全て死ぬ運命にあると理解するようになるが、死が自分の身の上にも起こりうるということまでは考えられない。死について正しく、簡潔な知識を与えることが大切。

10歳以上:医学的なこともかなり理解し、現実に即した死の概念がもてるようになってくる。子ども自身にも死が起こりうることだと理解しているので、身近な人の死は恐ろしく、辛いものになる(ある意味、大人と同じように、死別の悲しみを体験するので、サポートが必要)。

本には、親と子で一緒に読み、死や死別後の悲しみについての理解を深めるための章があったので、もう少し娘が大きくなったら、読んであげようと思いました。

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嬉しかったこと

2012.09.13 23:54|死産後の気持ち
今日は息子の9回目の月命日でした。

最近、仕事でちょっとバタバタしていたのと、3歳の娘の七五三の準備や来年の幼稚園をどうするか等考えなくてはいけないことが多く、ちょっと煮詰まり気味でした(夫に相談しても、解決するわけではなく、結局自分1人で考えなくてはいけないのかと感じてイライラしてしまったり・・・)。

七五三などは楽しみなことのはずなのですが、 写真をどうするか等、調べて選んで決めることがちょっと億劫で、ついつい後回しにしていました。

それでも、友人や妹に話を聞いて、何とか決断し(笑)、今日は写真撮影に備えて、娘の髪を切りに美容院に行ってきました。 娘は、初めての美容院体験が楽しかったらしく、ずっとご機嫌でした。

娘の髪も可愛らしくなり、七五三の準備が進んでいることにちょっと安心したことに加え、今日はいくつか嬉しい知らせがありました。

1つは、仕事の話で、自分のした仕事がとても役に立ったと、関係者の方からわざわざお礼のメールを頂いたこと。

2つ目は、友人からのメール。娘を産んだ病院で知り合ったママ友さん(今、大切な2人目の赤ちゃんを妊娠中です)に、思い切ってこのブログのことを伝えたのですが、ブログを見て、返事をくれました。これからも大切にしたい友人に、きちんと自分の気持ちを伝えて、受け止めてもらえて、とても嬉しかったです。

死産後当初は、息子のことを話すのはとても辛いし(亡くなったと言葉にするだけで泣けてきてしまうし)、相手にとっても負担なのではないか等、考え、あまり自分の気持ちは語らずにいました。

死産後3ヶ月頃から徐々に限られた友人に会いだしたのですが、最初は、息子のことを話さずに今まで通りつき合うというのが楽だし、精一杯でした。それが、徐々に、息子のことを話さずに、今まで通り、何もなかったように振る舞うのが辛いと感じるようになりました。

息子が亡くなる前の自分と、今の自分は別の自分だと感じるようになり、息子の死を通して考えた様々なことを、誰かと共有したいという気持ちが強くなりました。

普通に笑って過ごせる時間も増えたけど、息子を亡くした悲しみが消えたわけではなく、苦しいこともあるんだとわかっていて欲しいという気持ちもありました(わがままかなとも思うのですが、この気持ちは結構強いです、息子の存在を知らない人たちに対しては思わないのですが)。

今でも、少しずつ、友人との関係を復旧している途中なのですが、自分にとって大切な人たちには、自分の気持ちを正直に表現して(息子のこともそれ以外も)、相手の気持ちもきちんときいて、大切な関係を育てていけたら良いなあと考えています。

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最近、考えていること

2012.09.05 08:01|死産後の気持ち
9月になったのに、札幌も30℃を超える暑い日が続いています。

仕事がらみで期限のある資料作りがあったのですが、無事何とか作成でき、すっきりしたところです。

8月のお盆を終えた後、ずっとこの仕事にとりかかっていたのですが(娘が起きていると仕事にならないので、毎日少しずつ進めていました)、自分なりに作業予定を立て、余裕をもって終えることができ、達成感もちょっとあります。

資料を作るために、色々と本も読んでいたのですが、少し前と比べると読める量も増えてきて、落ちていた作業能力も徐々に戻ってきたような気がします。

息子を亡くしてから、息子について考えるための本(赤ちゃんとの別れについてやグリーフワーク関連)以外はなかなか気持ちが向かなかったのですが、最近は子育てや健康関連の本も手に取るようになってきました。

徐々に、自分がこれからどう生きていったら良いのかを考えるために、より良く生きるために必要だと感じる情報(かたい本に限らず、料理のレシピ本とかも含めてです、お料理苦手なんですよね(笑))に目が向くようになってきました。

最近、よく思うのは、人が幸せに生きていくためには、「主体的に生きる」ということが大切なのではないかということです。何事も人まかせにせず、自分はどうしたいのかを考え、選択し、行動すること。そうしてこそ、物事を楽しみ、達成感や充実感を感じることができるのだと思うのです。 自分で選んで行動した結果であれば、上手くいかなくても、そこからまた学び、成長していくことができますよね。

私は、娘を産んでから、自分の時間を育児・家事に費やし、自分のことを考える余裕がなくなり、漠然とした不全感を抱えていました。自分が何をしたいとかを考える余裕がなくなり、全体的に受け身な生き方になっていました(元々が受け身的な生き方をしていたのですが)。育児・家事に対して無意識に「私ばっかり」「頑張っているのに認められていない」感が出てきて、夫に対するイライラもためていたような気がします。

息子の死と向き合う中で、自分の悲しみは自分で何とかするしかない、時間にまかせるだけでは何とも辛いし、誰かが代わりに解決してくれるわけでもない、と気付いたとき、自分から友人や家族に助けを求めて(助けが必要なときに、自分から他者に助けを求めるということも、とても能動的な行動だと思います)、その結果、自分の心が大きく救われました。泣きながら息子を亡くした悲しみを話す自分を、怖がらずに、避けずに、真正面から受け止めてくれる人がいる、ということに深く慰められ、孤独から救われました。

人に支えられるという体験をして、 私も人を支えられるようになりたい、とも思うようになりました。お互いに支え合えるような人間関係を育てていくこと、そこから得られる喜びこそ、自分の人生にとって大切なものではないかと思うようになりました。

息子の死は、自分にとって何が大切なことなのかを深く考えさせてくれていて、その大切なものを自らの意志で選び取って、自分の生を大切に生きていくように、息子が私の背中を押してくれているように思います。

最近は、こうやって娘や夫と向き合える時間を大切にしていきたい、今に集中して、今ある幸せをかみしめて生きていきたいなあ、と思っています。

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プロフィール

miso1213

Author:miso1213
 2010年12月に6週で初期流産、そして2011年12月13日に息子を38週で死産しています。現在、3歳の娘の母親でもあります。
 自分の悲しみと向き合い、心の中の息子と共に、少しずつ前に進んでいきたいと思っています。同じような死別体験者のために必要な情報提供もしていきたいと考えています。

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