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「泣こう」 「怒ろう」  パット パルマー著  〜本の紹介〜

2016.02.29 09:16|役に立った本(死別全般)

「泣こう」
「怒ろう」
  パット パルマー著 

悲しみは、大切なものを失ったときに生じる感情。
怒りは、自分にとって何か問題が生じていることを教えてくれる感情。

どちらも、わたしたちにとって、つらいけれども、大切な感情であること。
悲しみや怒りを感じる自分を否定するとつらくなるから、
どんな感情をもっても、それだけのつらい喪失体験をしたのだから、悲しみや怒りを感じる自分を、そのまま丸ごと受け止めて、いたわってあげよう。

やさしい挿絵とともに、やさしい言葉で、わかりやすく、つらい感情への向き合い方が書かれています。

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人間関係に悩むときに役立つ本

2015.09.28 08:58|役に立った本(死別全般)
もうすぐ9月も終わりますね。札幌は街路樹が色づき、散り始め、大分秋めいてきました。

大切な人を亡くした後、周囲の人との人間関係に悩むことは多いと思います。
悩みの中身は人それぞれだと思いますが、当事者が元々、健康的なコミュニケーション・スキルを身につけているかどうかは結構、大きなポイントのような気がします。

私は元々、自己肯定感が低く、人間関係を上手く作れない、自分の気持ちをきちんと伝えることが苦手という問題を抱えていたのですが、この問題に対処するために役に立った考え方がいくつかあります。

そのうちの1つが、「アサーション」の考え方なのですが、「アサーション」は英語で、相手も自分も大切にする、健康的な人間関係をつくるための、自己表現のあり方を指しています。

死別後はもちろんですが、死別後に限らず、対人関係の悩みの多い方は一度、アサーション関連の書籍を読まれると、きっと役に立つのではと思います。私が読んで、読みやすく、役に立った本は、日本のアサーション・トレーニングの第一人者である平木典子先生の著書です。


改訂版 アサーション・トレーニング ―さわやかな〈自己表現〉のために
平木 典子 (著) 1620円(Amazon、楽天ブックスなどで購入可)

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葉っぱのフレディ

2013.04.19 09:57|役に立った本(死別全般)
葉っぱのフレディ ーいのちの旅ー
 レオ・バスカーリア作  みらい なな訳 
 定価 1575円(楽天ブックス、Amazonで購入可)

一枚の葉っぱ(フレディ)の一生を通して、生と死について考える内容の絵本です。

とても有名な本なので、名前は知っていましたが、実際に読んだのは、息子を亡くした後でした。死別の悲しみについての本や絵本を、夫が集中的に買い漁っている時期があり、その中にこの絵本がありました。

フレディともう1枚の葉っぱ(ダニエル)との対話を軸に、物語は進みます。
フレディが自分も死ぬ運命にあることに気付き、春に生まれて冬に死ぬという自分の短い一生にどんな意味があるのかという問いかけをダニエルにします。
そのときのダニエルの答えが印象的でした。
「春から冬までの間に、自分たちは本当によく働き、よく遊んだ、鮮やかに紅葉してみんなの目を楽しませたりもした、それはどんなに楽しかったことだろう、それはどんなに幸せだったことだろう」

お腹の中の小さな命を失った後、私たちは、「元気に生まれてきたかっただろうに」と子どもたちの無念さを思い、子どもたちと共にあったはずであろう未来を失ったことを嘆き、子どもを守れなかった自分を強く責めます。

でも、子どもたちの気持ちはどうなんだろう。

短い命だったけれども、自分の命を精一杯生き、幸せを感じていたのではないだろうか。
そうであってほしい、と今は心から思います。

子どもは皆、親の幸せを願っていると思います。子どもは私たち親と出会い、幸せにするためにやってきてくれたのであって、自分のせいで、親が不幸になることは決して望んでいないと思います。

子どもの死は本当に悲しく苦しいことですが、子どもたちと出会えたこと、子どもたちが幸せに生きていた時間が確実にあったことを忘れずに、前を向いていきたいと思います。

死別の悲しみに直面した子どもたちにとっても、こういった生と死について深く考える絵本を大人と一緒に読むことが、大きな助けになると思います。
私の中では、今後、娘に弟の死についてどう教えるのかということが大きなテーマになっているのですが、もう少ししたら、娘と一緒にこの本を読もうと思いました。


葉っぱのフレディ―いのちの旅葉っぱのフレディ―いのちの旅
(1998/10)
レオ バスカーリア

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新版 死とどう向き合うか

2013.01.27 20:35|役に立った本(死別全般)
新版 死とどう向き合うか 
NHK出版 アルフォンス・デーケン著
2011年発行 定価1400円(楽天ブックス、Amazonで購入可)

内容
第1章  死を見つめるとき〜死生学とは
第2章  遺される者の悲しみ〜悲嘆のプロセス
第3章  人生の危機への挑戦〜独ぼっちになる前に
第4章  突然の死のあとに〜独特な心の傷跡
第5章  公認されない悲嘆〜無視される悩み
第6章  自殺を考える〜自殺を予防するためには
第7章  生命の終わり方〜尊厳死・安楽死
第8章  病名告知をめぐって
第9章  死への恐怖を乗り越える
第10章 自分自身の死を全うする
第11章 芸術の中の死
第12章 ホスピスの歩んできた道
第13章 日本の終末期医療の歩みとこれからの展望
第14章 終末期ケアとユーモア
第15章 「死への準備教育」のすすめ
第16章 「死への準備教育」の歩むべき方向
第17章 死後の生命への希望  

 息子を亡くしてから1年が経ち、圧倒的な悲しみに飲み込まれて苦しい状態からは抜け出て、穏やかな日々を過ごせるようにはなってきました。ただ、日々の生活の中で、娘と遊びながら、食器を洗いながら、道を歩きながら、頭の中に考える隙間ができると、考えるのは、常に息子に関することのような気がします。息子を失った悲しみに襲われることは随分減ったのですが(考えれば悲しくなるのですが、悲しみに慣れたというか、悲しみと共存しながら日常生活を送るのが普通になった感じです)、これからの自分の人生をどう生きていきたいのかということを考えることが増えました。

 大切な人を失うということは、これまで自分が生きていた世界そのものが失われるという体験なので、悲しみをくぐり抜けながら、新しい世界に適応するという、とてもエネルギーを要する作業が必要になってくるのだと思います。悲しみから回復するということは、悲しみを体験する前の「普通の」自分に戻るということではなく(私は、自分にとっての「普通の状態」が何なのか、よくわからなくなりました)、新しい価値観を作り上げ、新たな人生を生きるということを意味するのだと思います。

 最近、「自分が生きることの意味はどこにあるのか?(自分は何をできるのか?何をしたいのか?」「自分にとっての幸せとはどういうことなのか?」というようなことをよく考えています。息子との死別を体験して、自分や家族が明日生きているかどうかはわからないこと、時間の有限性を常に意識するようになり、「自分が生きている間にしたいこと(自分が価値あると思えること)を全うしたい」「よりよく、幸せに生きたい」と思うようになりました。この本でも書かれている「自らの価値観の見直しと再評価」を行っている状態なのかなと思います。

 自分の関われる(=関わりたい)範囲の中で、1人1人の人に丁寧に向き合いたい、愛を与えられるような(今までは求めてばかりいたのだと思います)愛情豊かな人間になりたいなあ・・・などと漠然と考えています。

 上に書いたような、今の自分の状況では丁度、この本で書かれていることに共感する部分が多く、自分の考えを整理するために役に立ちました。「死を見つめることは、生き方を問うことである」という考えに基づいた学問分野である「死生学」について、もう少し色々と本を読んでみようとも思いました。

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死ぬってどういうこと?

2012.09.17 15:21|役に立った本(死別全般)
死ぬってどういうこと?  子どもに「死」を語るとき

アール・A・グロルマン著 、重兼裕子訳 春秋社

中古品(絶版なのでしょうか)で、Amazonで購入可

息子が亡くなったとき、娘は2歳半でした。娘と亡くなった息子を会わせるかどうか、最初はどうしたらよいか判断がつきませんでした。でも、弟と会わずに、弟が確かに存在したこと、そしていなくなってしまったことを理解することはできないし、死というものが理解できないとしても、娘なりに弟とお別れすることが必要だと考え、葬儀の日に一緒に自宅に帰り、短い時間でしたが、弟に触れ、一緒に過ごしてもらいました。

娘にとって、弟はしっかり家族の一員になっていて、時々、弟の名前を呼び、話に出します。ただ、死について認識できる年齢ではないので(私たちもきちんと説明していませんし)、弟は空の上にいて、またいつか会えるのだと思っているようです(一方で、弟の不在を私たちがとても悲しんでいることも知っています)。

いずれ、死について知りたいと思うようになったとき、娘に弟の死をどう伝えたらよいのか、心の準備をしておきたいと思い、この本を読んでみました。

子どもの年齢、その子の発達に合わせて、どのように死について伝えればよいのかが具体的に書かれており(※)、子どもに誤解を与えたり混乱させたりしないように、正しくかつシンプルな知識を与えることの大切さがわかりました。そして、大切な人が亡くなったとき、子どもも大人と同じようにショックを受け、悲しむこと(表現の仕方は大人と異なりますが)、悲しみを支える周りの助けが必要であることに、改めて気付きました。

子どもに「死」をどう伝えるかということがこの本のテーマですが、この本を読むことは、親が自分自身の悲しみに向かい合うことにもつがなると思います。

子どもにきちんと「死」を伝えることは、大切な「生」について考えることにつながります。そして、私たち親自身が「死」について正面から受け止めていないと、子どもに「死」を正しく教えることはできません。

死別体験者だけではなく、子どもに関わる全ての人にとって、大切なテーマを扱っている本だと思います。

平易な言葉で書かれていて、読みやすい本でした(全167P)。


(※)死について語ることをタブーにしない。子どもの年齢に合わせて、「死」について、正直かつ簡潔な説明をすることが大切。おとぎ話やうそを混ぜて説明しないこと。木の葉の一生を例にひいて話したり、「死ぬとね、息をしなくなるの。からだも動かなくなって、静かに安らかになるのよ」等、子どもの理解力に合わせて、ゆっくり、淡々とかつ温かな雰囲気(話しの内容だけではなく、どんな雰囲気で伝えるかが子どもの心に大きな影響を与える)で伝える。また、子どもがどんな不安をもって質問しているのかにも配慮する。子どもが求めている以上の知識を与える必要はない。死について語り合いながら、大切な人の死に直面した子どもの気持ち(悲しみ、怒り、自責感、不安など)を素直に表現させ、開放させてあげることも大切(親が嘆き悲しみ姿をみて、自分も泣いていいのだと感じるので、親も感情を押さえ込まずに、子どもと悲しみを共有する方がよい)。

年齢による死の理解については以下の通り

未就学児:死が全ての終わりを意味することを認識するのは難しい。死者を見て、眠っていてまた目が覚める、どこかに行っていてまた戻ってくると考えている。死んだらどうなるのか?という質問があったら、人は死んだら再び生き返らないこと(魂について宗教的な信念があるのであれば、加えて説明する)、死んだのは誰のせいでもなく、神さまが誰かをこらしめるためにやったわけでもないことを説明することが大切。 家族との死別後、周囲のただならぬ様子を察する能力はあるので、不安が高まり、親にまとわりついたり、赤ちゃん返りすることもある。

5〜9歳:死ねば生き返ることはなく、生き物は全て死ぬ運命にあると理解するようになるが、死が自分の身の上にも起こりうるということまでは考えられない。死について正しく、簡潔な知識を与えることが大切。

10歳以上:医学的なこともかなり理解し、現実に即した死の概念がもてるようになってくる。子ども自身にも死が起こりうることだと理解しているので、身近な人の死は恐ろしく、辛いものになる(ある意味、大人と同じように、死別の悲しみを体験するので、サポートが必要)。

本には、親と子で一緒に読み、死や死別後の悲しみについての理解を深めるための章があったので、もう少し娘が大きくなったら、読んであげようと思いました。

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プロフィール

miso1213

Author:miso1213
 2010年12月に6週で初期流産、そして2011年12月13日に息子を38週で死産しています。現在、3歳の娘の母親でもあります。
 自分の悲しみと向き合い、心の中の息子と共に、少しずつ前に進んでいきたいと思っています。同じような死別体験者のために必要な情報提供もしていきたいと考えています。

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